「どうして言った通りにしてくれないの!?」「なぜ分かってくれないの!?」「もう介護していくことが限界!」という思いは、認知症介護をしている家族であれば誰もが抱いたことがあるのではないでしょうか。そして、時には認知症の方に対してイライラしてしまうことも……。
しかし、このようなストレスの原因は「介護している家族の強い思い」が関係しているということをご存知でしょうか。
例えば、認知症の母親に対して「もっと生活をよくしてあげたい」「自分(家族)が言っていることを分かって欲しい」「昔はできたのだから、また(母に)家事をやって欲しい」というような家族の一生懸命な思いが、逆に介護者自身の負担となりストレスになっていることがあるのです。
また、認知症介護で介護者にとってストレスとなる一番の原因は、「認知症の人自身が自分の思いを上手く言葉で表現できなくなってしまう病気である」からだと言えます。
例えば、認知症介護では自分の思いを上手く伝えれないことによって、本人の思いをきちんと確かめることができずに、介護者の選択で進められている場面が多くあります。そして、その選択が本人の意にそぐわない場合には、介護に対しての強い抵抗が現れてしまい、介護者には「介護に抵抗された」という結果だけが残ってしまうのです。
このように、短期記憶が低下したとしても、本人の気持ちを聴き確かめながら介護することができれば、今ほど家族が精神的負担を抱えることはなかったかもしれません。
ただ、現実はそう上手くはいかず、症状の進行とともに介護が困難になるケースも多いです。さらに、認知症介護は365日24時間の介護が必要になるため、介護する家族への身体的な負担も大きくなります。そのため、上手に介護サービスも活用しながら介護を続けていく環境を整えることが必要です。
このように、認知症介護においては「介護者がストレスを抱えやすく負担を感じる部分」が多くあるため、介護者が常にストレスへ上手く対処していくことが大切なのです。
そこで今回は、「認知症介護でイライラを感じた時の3つの対処法」についてお伝えします。
ストレスの原因を探る
認知症介護でイライラを感じた時に行う1つ目の対処方法は、介護者のストレス原因を探ることです。
認知症の方の言動にイライラしやすいということは、「自分自身にストレスが溜まっている証拠」でもあります。まずは、「自分自身が知らず知らずの内にストレスを抱えてしまっている」という現状を受け入れることが必要です。その上で、「何が原因でストレスを感じているのか?」「イライラしてしまう原因は何か?」を探ることが大切です。
認知症状への対応がストレスになっている
例えば認知症介護では、「何度も同じことを繰り返し聞いてくる」「落ち着きなくうろうろしているので気が休まらない」「一生懸命介護しているのに、怒鳴りつけられたり言うことを訊いてくれなかったりする」というように、認知症の周辺症状に悩まされている場合が多くあります。
このように、認知症の症状がストレスの原因である場合には、「主治医に困っている症状を細かく伝えて内服薬の調整を行う」「介護の専門家から周辺症状への対応方法を学ぶ」「認知症の方と距離を置く」などの対策をとることが必要です。
介護者自身の生活リズムの乱れ
また、認知症の人を支えている家族には、仕事と介護を両立している方も多くいます。仕事だけでなく、家事や介護に追われる日々が続くことで疲れも溜まっていくはずです。たとえ仕事が休みでも、認知症介護に休みはありまません。
特に、介護に対して一所懸命な家族ほど、自分自身のことが見えなくなってしまい、気づいた時には過労で倒れていたという場合が多くあるのです。
さらに、認知症の進行に伴って、身体介助での負担も増えていきます。具体的には、入浴介助や食事介助などが挙げられますが、家族にとって一番負担になりやすいのは排泄介助です。
なぜなら、排泄介助が必要になると、昼間だけでなく夜中にもトイレ介助のために介護者が対応しなければいけません。その結果、睡眠を十分にとることができなくなって生活リズムが乱れ、ストレスの原因になってしまい「いつもなら大したことではない出来事に対してもイライラしてしまう」という現象が現れます。
認知症介護では、認知症の人を支える家族の健康がとても重要です。そのため、介護者が介護疲れにならないように、介護者の体調管理や生活リズムを整えることが必要になります。
具体的な方法としては、夜間の睡眠不足を感じた時には、「週に1.2回ショートステイを利用しぐっすりと眠れる日を作る」という対策をとることができます。また、仕事が休みの日にデイサービスの利用を入れることで、介護者が一人で過ごし疲れをとる時間を確保するという方法もあります。
このように、介護者の生活リズムや睡眠のリズムが崩れることで、体に疲れが現れて認知症の方に対しても、イライラしてしまう精神状態になるのです。ただ単に、たくさんの介護サービスを利用するのだけではなく、介護者の生活状況や生活リズムとも照らし合わせながら「どのサービスをどのような頻度で利用するのか?」を決めていくことが大切になります。
周りの家族との関係
家族介護では、家族の中心となって介護サービス事業所やケアマネジャーと連携をとる「キーパーソン」と呼ばれる家族を1人立てる必要があります。しかし、キーパーソンが事業所との連携だけではなく、介護全般を抱え込んでしまっていることが多いのが現状です。特にキーパーソンとなるのは女性が多く、妻一人が自分の両親と夫の両親の複数人を介護している場合も少なくありません。
このようなケースでは、介護自体にではなく「他の家族が介護に協力してくれないこと」や「家族が介護の相談にものってくれず今後に不安がある」というように、家族関係がうまくいっていないことでのストレスを抱えていることがあります。
また、介護の問題以外においても家族関係自体がうまくいっていない場合には、そのストレスが介護にも影響を及ぼしていることがあるのです。介護者も気分が落ち込んでいる日には、認知症の方のことだけではなく、何もしたくないという日があってもおかしくありません。そのような日に、「いかに周りの家族が協力してくれるのか?」が大切なのです。
もし、周りの家族との関係がストレスの原因である場合には、包み隠さずに「今の自分の思い」や「介護でイライラを感じている現状」を家族に話すことが必要です。たとえ一緒に生活している家族であっても、相手が悩んでいることに気づけていないケースは多くあります。きちんと言葉にして、相手に伝えることで意外にも簡単に解決できる場合もあるのです。
また、認知症の方の状態を日頃から周りの家族に伝えておくことで、介護に対しての意識を持ってもらいやすくなります。ただ、介護の愚痴を言うのではなく、認知症の方が喜んだことや一緒に行ったことなどプラス的な出来事も伝えることが大切です。なぜなら、マイナス的な出来事ばかりでは、聞いている家族にとっては嫌な思いしか残らず、「介護に対しても協力したくない」という方向になりがちだからです。
このように、認知症介護において介護者がイライラを感じる裏には、何らかのストレスが影響していることが多くあります。そのため、まずはそのストレスの原因を探って、少しでも負担を減らす対策をとることが必要です。
しかし、ストレスの原因には上記のように様々なものがあり、その原因によって対策も違います。一見ストレスを抱えていないように思えても、実は介護者には見えない所で負担となっていることもあるのです。
そこで、大切なことは第三者の目からもストレスの原因を探ってもらうことです。家族や友人、担当のケアマネジャーにイライラを感じていることを伝え、一緒に原因を探り対策を考えて早期に対応することをお薦めします。
今を受け入れて楽しむ
認知症介護でイライラを感じた時に行う対処方法の2つ目は、「現状を受け入れて楽しみに変えていく」ことです。
自分の両親や配偶者の認知症介護をしている場合には、認知症を患う前の姿と今を比べてしまいやすくなります。そのため介護者も認知症の方に対して、できなくなっていることまで求めてしまいがちになり、実際にできなかった時にはイライラを感じてしまいやすくなるのです。
だからこそまずは、目の前にいる認知症の方自身を受け入れることが必要になります。
認知症の方のペースに合わせる
認知症は、「短期記憶の低下」や「時間・場所・人の見当識障害」などの中核症状が徐々に進行していきます。この中核症状によって、自分が今いる場所がわからなかったり、目の前にいる人が誰なのかわかなかったりすることで不安になり「徘徊」や「介護への抵抗」などの周辺症状が現れるのです。
また、認知症の方は相手の言葉や周りの状況を理解すること自体にも時間を要します。そのため、認知症の方が理解しやすいように接するには、「ゆっくりとした話し方」や「相手のペースに合わせた行動」が大切なのです。
例えば、「玄関で靴を履く」という動作一つにしても、足元が弱れば時間がかかるようになります。さらに、認知症の方によっては「靴」という物自体を認識できなくなってしまったり、「靴を履く」という動作さえも理解できなかったりするのです。
そのような時に、介護者が何度も「靴を履いてください」と繰り返し伝えてもうまくいかずに、介護者の方がイライラしてしまうような場面はないでしょうか。
しかし、認知症の方は介護者が言っていることを理解できていないだけなので、「認知症の方のペースに合わせてきちんと理解できるように説明する」ということができればイライラする必要はないのです。
具体的には、認知症の方の目を見てゆっくりと一つ一つ声掛けしていきます。何のために靴を履くのか、介護者が何を言っているのかもわからない状態では、認知症の方はキョロキョロと落ち着きなく周りを見ていて靴に集中できていません。
まずは、「外に行くために靴を履きましょう」と声をかけ、同時に靴自体を見せることが大切です。そして、「靴を履いてください」とゆっくり声をかけます。また、それでも伝わっていないようであれば、介護者が実際に靴を履いている姿を見せることで理解することができる場合もあります。
このように、認知症の方が理解できるペースに合わせてゆっくりと、動作なども交えながら伝えることで、介護者がイライラする場面も軽減できるはずです。
演技を楽しむ
認知症状によって、過去の記憶が鮮明になり、その時代を過ごしているかのような言動が現れる方もいます。さらに、家族である介護者を他人のように扱うこともあり、家族がショックを受けたり、その言動を受け入れられずに介護負担となるケースも多くあります。
例えば、85歳になった母親が夕方になると「子供がお腹を空かせて待っているから家に帰らないといけないんです!」と自宅から出ていこうとするケースを考えてみましょう。この場合、いくら介護者が「今いるここが家であること」や「小さい子供はいないこと」を一生懸命伝えたとしても認知症の方は納得しません。
そのため、一見介護者から見ると理解しにくい事態であっても、認知症の方に合わせて一緒にその時代を過ごすように演技することも必要になってくるのです。
例えば、家に帰りたいと言われるのならば「一緒に帰りましょう」と一旦は外に出て、近所を歩き家に「ただいま~」と帰ってくることで安心される方もいます。
このように、認知症の方に合わせて介護者が演技することも必要です。ただ、投げやりに演技するのではなくて、「認知症の方に安心してもらえるように演技すること」が大切です。また、演技するならば介護者も楽しんでやることで、認知症介護自体への負担軽減につながります。
仲間を見つけて心を軽く
相手が認知症を患っているとわかっていても、認知症の方の言動に毎日ふりまわされているとストレスも次第に溜まってきます。また、認知症状には個人差があり、その方の生活歴や元来の性格によって、出現する問題もさまざまです。
一概に、メディアに取り上げられたり本に載っていたりする方法で全ての人が対応できるとは限りません。そこで必要になるのが、経験者の技術や知恵です。また、実際に認知症介護をした家族だからこそ分かり合える苦労も沢山あります。
家族が認知症介護を行う場合において、最も気をつけなければいけないことは、「介護を家族だけで抱え込まないこと」です。そのためにも、家族が気軽に相談できる仲間を見つけておく必要があります。
例えば、NPO法人などが運営する「認知症家族の会」などでは、定期的に認知症介護をしている家族が交流できる会を開き、日頃の悩みなどを話せるような取り組みを行っています。この交流会の中では、介護経験の長い家族もいるため「同じ悩みをすでに経験している」というケースも多く、認知症介護あるある話で盛り上がることもしばしばです。
このように、介護者一人で悩んでいたら気持ちが落ち込んでしまうような内容であっても、同じような悩みを抱える仲間と話すことで笑いになります。また、悩みを人に聞いてもらうだけでも介護者の気持ちは軽くなるはずです。
笑顔の介護が一番
認知症の症状によっては、「人格が変わったようになる方」や「周りの人や今の状況がわからなくなってしまう方」もいるために「認知症介護は大変だ」というイメージを持ちやすいのが現状です。しかし、認知症を患っても、その人自身であることには変わりはありません。
認知症の方の現状を受けとめて、楽しんで介護を続ける方法を考えることが大切です。特に、認知症介護においては「笑顔での介護」が必須になります。
なぜなら、認知症を患うと、健康なときよりも感情が敏感になられる方が多いからです。そのため、介護者がイライラしながら無表情で介助した場合と笑顔で接した時とでは、明らかに認知症の方の行動に違いが見られます。
このように認知症介護でストレスを溜めないためには、認知症の方を受け入れて介護を楽しむことが大切になります。認知症の方に関わる中で「否定」や「制止」はよくないとされています。特に、周辺症状が強くみられている時は悪循環を起こしてしまいやすくなるのです。
だからこそ、認知症介護において介護者には「認知症の方をそのまま受け止めて、受け入れること」「介護を楽しむこと」が重要になります。
介護者にとっての逃げ道を作る
たとえ、ストレスを上手く発散させ介護を楽しみながら続けていたとしても、認知症介護をされている家族の多くが、将来への不安を抱えています。時に、この介護者の不安がストレスとなって、虐待や殺人という事件を引き起こしてしまっているのも事実です。
そこで、認知症介護でイライラを感じた時に行う3つ目の対処方法は、「介護者の逃げ道を作ること」になります。
具体的な取り組みとしては、「家族で施設入居を検討する」です。実際に、施設申し込みを行っても、その施設が満床であればすぐには入居することができません。
認知症の方を専門としているグループホーム(認知症対応型共同生活介護)では、空きがない施設が多いのが現状です。いざ必要になって問い合わせても、すぐには入居できない場合が多くあります。
そのため、早めに施設入居を検討して、申し込みだけでも済ませておくことで、空きが出た時には施設側から連絡が入るようにできるのです。
もし、まだ入居が必要でなければ断ればよいのですから、家族にとってはなんの不利益にもなりません。また、介護者にとって「いつでも施設に入居できる」ということだけでも、精神的負担を減らすことができます。
このように、認知症介護をしている介護者は、通常の介護以上にストレスを抱えやすい環境に置かれていることが多くあります。そのため、要介護者に対してイライラを感じる場面が多いのが現状です。
しかし、「イライラするのが当たり前」と思うのではなく、しっかりと自分自身に向き合って原因を探ることで「認知症を患った大切な家族と楽しんで過ごせる方法」を見つけることができます。
ぜひ、今回の「認知症介護でイライラを感じた時の3つの対処法」を参考にされて取り組んでみて下さい。また、介護者一人で取り組むのではなく、家族や認知症ケアの専門家と一緒に行うことをお薦めします。